為替が円高ドル安になると、支払いは変わらないのに受け取りが減って、赤字になってしまったのである。
この企業は、先物でドルを売って為替変動のリスクを回避する意味がある。
企業の目的が、為替変動のリスクを取って儲けることではなく、原材料に付加価値をつけて販売することにあるからだ。
しかし、円がドルに対して値上がりしなかった場合は、ヘッジをかけない方が得をすることには変わりない。
アメリカの株を買った場合、円がドルに対して値下がりすれば為替ヘッジをしない方が得であった。
金融は規制産業であったから、銀行や証券会社はリスクを取る必要がなかった。
銀行は、預金者から集めたカネを企業に貸す。
預金者に払う金利と企業から取る金利の差が、銀行の収入になる。
預金と貸し出しは、いわば、仕入れと販売である。
その金利が、規制によって、どこも同じに決まっていた。
普通の商売で考えれば、仕入れ価格と販売価格が決まっていたようなものである。
一方、証券会社は、もっとも重要な収入源である株式の売買手数料が固定され、顧客は、どこの証券会社で売買しても同じ手数料を払わされた。
これは、日本に限ったことではない。
世界的に金融は規制産業であった。
規制の厳しいところでは、新規参入が困難で、有力な企業はいつまでも有力であり続ける。
何も面倒なフィナンシャル・テクノロジーに頭を悩ます必要はなかったのだ。
余談になるが、アメリカでは、従来、投資銀行と呼ばれる機関投資家だけを相手にする証券会社が名門で、個人客を相手にする証券会社は格下に見られていた。
日本興業銀行が他の都銀よりちょっと格上に見られていたのとよく似ている。
しかし、自由化によって機関投資家相手の商売は儲からなくなり、業界の秩序に異変が生じた。
90年代、個人を相手にしていたMの格が上がり、最高の名門とされたMは、個人専門のDと合併して生き残りを図ることになったのである。
金融自由化によって、銀行も証券会社も、変動する市場に挑まざるをえなくなった。
むしろ、アメリカでは、70年代中ごろから、こうした状況が変化した。
まず、金融の自由化が進み、金融機関の側にフィナンシャル・テクノロジーに対する潜在的な需要が生まれた。
金利が変動するようになり、集めた預金が必ず利益をもたらすとは限らなくなったのである。
銀行は、「仕入れた価格より高く販売できないかもしれない」という、他の商売では当り前のリスクに初めて直面したのだ。
低価格で現地の渋谷区 税理士に合わせた、安さばかりが強みの渋谷区 税理士は衰退すると警告する。